|
|
|
|
<ノベル>
周囲の風景と馴染まないまま洞窟の入口はあった。
空は真っ青に晴れている分、洞窟の穴は真っ黒に塗りつぶされた目の様に見える。
散歩するにはちょうど良い天気なのに、今から足を踏み入れるのはこの鬱蒼とした洞窟なのだ。
ウィレム・ギュンターとチェスター・シェフィールドは対策課で話を聞いてやって来たのだが、来る途中に色々と必要な物を購入して来たので、探索は楽になるはずだ。
ロープやヘッドライト、中に一日居ても過ごせるように食料や水もあった。
「ゲーセンで対戦したかったのに」
チェスターがウィレムの方を見て、恨めしげに呟く。
ぽきりと棒付き飴の飴を口の中で砕き、棒を指で摘む。
そして、洞窟の入口に立ち、棒をぽとりと落とした。
地面に転がる白い棒。
スタート地点の目印なのだろう。
「必要な事ですから、諦めて下さい」
ウィレムはチェスターの隣に立ち、見下ろした。
身長差18.2センチ。
あやすようなその口ぶりに、ちょっとだけ、むっとしながらも、仕事である洞窟の最奥にいる存在を認識し始める。
洞窟というのは、薄暗く奥を見渡す事が難しい。
風の通り道があれば、呼吸が出来、中へと入るという事に関してなら、安全と言えるだろう。
金糸雀の入った籠を手にして進めていた時代もあったそうだが、幸いにして現在は可哀想な事をしなくとも良い。
一定の波があるのか、ぶわっと風が吹き付けてきた。
突如現れた洞窟のどこから風が入り込んでいるのだろうと考えるが、話に聞いた映画内容をすぐに思い出す。映画の設定では海に繋がっている事になっていたはずだ。
チェスターのセミショートの黒髪と、ウィレムの銀髪が風に遊ばれ、乱れる。整えてもどうせすぐに風が吹き付けて来るのなら、そのまま風に遊ばせておく。
頬にあたるその風が海風であるのを感じながら、ヘッドライトの電源を入れた。
ぱっと灯が灯り、ごつごつとした洞窟内を照らしだす。
苔も生えていないのは、風通りが良く湿度があまりないせいだろう。
ねっとりとした洞窟内よりも、からっとした洞窟内の方が断然良い。
呼吸する空気も気持ち悪くないし、地面を覆う苔や水たまりで足を滑らせる事もない。
とはいえ、ここはまだ洞窟のほんの入口に過ぎないのだから、地下へと下るごとに洞窟内の様子も変わってくるかもしれなかった。
ムービーハザードとして現れた洞窟の話は内容を聞いただけで、映画自体を観たと言う訳ではなかったから、今は正に探検気分と言えた。
入口付近では自分達以外の足跡を見かける事はなかったから、自分達のペースで探検できる。
もし、既に市民の誰かが入っていたら、緊急を要するし、洞窟の主よりも先に見つけなさなくてはならなかったからだ。
自分達とは違う姿形を持つものには、ひるみもするし、恐怖を抱くだろう。
ムービースター達と一緒に共存するこの銀幕市でも、理解を深めてくれている人々もいたけれど、今回の様に危害を加える側にいて現れる者達もいるのも確かだ。
ただ、この洞窟の主は、テリトリー内に入ってきた者達を追い出そうと威嚇しているだけかもしれないが。
人と同じ形を持ちながら、似て非なる存在。
皮膚は爛れ、その下にある筋繊維が現れているその姿は、一般にゾンビと言われる。
歩く死人。
洞窟へと足を踏み入れて地下へと落ち、一度死んで甦ったのかまでは分からないが、この洞窟内はゾンビと呼ばれる存在だった者が、何時しか巌窟王の住まう地下洞窟と呼ばれていた。
年月が経ち、その言い伝えを忘れ去られた頃に、その都度興味本位で踏み入れる者達が犠牲となっていた。
入口に近い洞窟付近は人骨が転がっている訳でもなく、ごく普通に歩く事が出来る。
20メートル程歩いた所で大きな石が通路を塞いでいた。
「地下へと一番の近道を塞がれているのは映画通りです」
ウィレムはそれ以外の通路、左右にある人1人が通るのがやっと、と言った様子の通路を見やる。
「どちらにしますか?」
「左だ」
左右を比べて、左が少し高さがあったからだ。自分は別に構わないが、ウィレムは歩きづらいだろうと思うから。
言葉には出さないが、その事に気づいたのか気づかなかったのか。
ウィレムは口の端を僅かに持ち上げて、微かに微笑んで頷いた。
興味深げに洞窟内の隅々までうろうろと見て回るチェスター。
調査と言うよりも何か面白い事でも起こらないかな、という感じだろう。
何事もないまま、地下へ地下へと進んでいるため、そろそろ何かリアクションが欲しいのかも知れない。
退屈なのだ。
細やかな通路や天井の低い通路が増えてから、どれ位の時間がたっただろうか。
かなりの高さのある段差を降りた所で、何かが動く気配を感じ、チェスターとウィレムは反射的に互いの背中を合わせる。
その時には、チェスターの愛用の銃が手に握られ、ウィレムは修練を積んでいる体術の仕草で構えた。
ウィレムが扱う武器はランスだ。長さがあるランスは中折れ式になっている。普段はあまり持ち歩く事のない武器だが、なまっているという事はない。だが、広さを考慮すれば、今は未だランスは使いにくいと判断し、腰のベルトに引っかけたままだ。
相手は銃を持ってないのだから、体術でいけるだろうと踏んだからだ。
闇を駆け抜けてくる複数の影。
段差の下にもう一本の通路があり、その中からゾンビが思いの外素早い動きで襲いかかってくる。
骨が地面を駆ける音。
腱の千切れる音。
掌に収まる岩を手に投げつけ、壁面にぶつかる音。
照らしだされる姿は自分達と同じ人の姿。
けれど、それは過去の事。
岩窟王に爪を振るわれ、同じ死人となったもの。
淀んだ眼球は裏返しになり、髪は抜け落ちまばらになっている。
攻撃範囲内にやって来る前に、チェスターはガンシューティングゲームで慣らしたのか、的確に頭を撃ち抜く。
続いて万が一に動き出した事を考え、足首を撃ち抜き、移動手段を断つ。
ウィレムが微かにその成長を見て内心目を見張る。
「ゲームも中々有用な知識を与えてくれるものです」
「……そうだろ!」
自分達が向かう先からも銃の音に反応してやってゾンビが姿を現した。
先頭にいるゾンビの首もとを靴先で横薙ぎに払う。
続けて後方に居るゾンビに取りかかる。
氷の魔法で氷漬けにし、重みのある蹴りを加え、ばらばらにする。
潜んでいた分、数が多いのか、チェスター側の周囲には一定の距離を置いて取り囲むように、文字通り屍の山が出来上がっていた。
それでもまだ山を越えてやって来るゾンビに、チェスターは顔を顰める。
「ああ、面倒くせぇ!」
言葉と同時にチェスターの銃から銃弾が放たれ、ゾンビを撃ち抜く。
同時にその銃弾は爆ぜて、山となっていた屍の山を朱に染める。
炎の魔法だ。
後方は、しばらくの間は大丈夫だと判断すると、チェスターはウィレムの方へと足を向ける。
「ウィレム、駆け抜けるぜ」
「分かりました」
地面を覆うように倒れているゾンビを避けるのは難しく、諦めて踏み越え、触れてくるまでに撃ち抜き、屍の道を作り上げる。
駆け抜ける直前には炎が打ち込まれ、洞窟内を赤く染めた。
炎の魔法で燃えたものが降り注ぎそうになれば、ウィレムが氷の魔法で一瞬にして凍り付き、クリスタルのように煌めき地面に彩りを添える。
熱気に背を追われる様に先へと向かう。
思いの外体力を消費した、そう思いながらも、まだまだいけると思う自分の感情に気づく。
平穏な日々も良いが、こういったスリルも必要だと思う。
魔物狩りとしての腕がなまらないように。
そろそろ、ゾンビ達の主がいる階層に着くはずだ。
洞窟内の壁面の色が変わり、所々赤黒く色が付いている。
乾いた血だ。
ここに違いない。
チェスターとウィレムは無言で視線を交わし、息のあった動きで中へと入っていく。
円形の空間に出ると、そこは赤に彩られた空間だった。
地面は幾重もの血で赤から黒へとグラデーションになっている。
足を乗せれば、その重みで乾いた血が砕け、下の層が現れた。
その赤の絨毯の先。
ずっしりと重みのある振動が起こる。
砂埃がぱらぱらと衣服や頭に掛かり、ひびの入っていた壁が崩れた。
奥と今居る空洞を繋ぐ通路の両側の壁が崩れ、大きな空洞と繋がる。
土煙を割って見上げると、人の倍はある身長にがっしりと幾重にも取り巻く肉の身体。
最初は人1人の大きさだったものが、人である事をやめて、運悪く地下洞窟へと迷い込んだ人々取り込み、徐々にその身体を大きくしてきたもの。
赤い地面は絞り出された血が凝固して風化したものなのだ。
砂埃と一緒に細かな血の粉が舞っている。
ウィレムは折りたたんでいたランスを展開し、巌窟王の偉容を見上げた。
「援護、お願いします」
「分かってる。……行け!」
巌窟王が両手を広げてつかみかかろうと屈んでくる。
チェスターが銃で右手を狙い撃ち、同時に左手は炎の魔法で包み込む。
赤く燃える炎に動きが鈍くなる。
その中をウィレムは駆け出し、がら空きになった腹部に狙いを定め、ランスの切っ先を勢いのまま突き抜こうとするが、一撃で抜けさせてはくれない。
同じく一発では撃ち抜けない肉の塊に、チェスターは体力を魔力に変換し、連続射撃に切り替える。
銃が微かに熱を持っているのが分かる。
それでも容易く手放す事はしない。
ウィレムが巌窟王と接敵しているから。
確実性を狙い、肩に狙いを定め、炎の魔法で燃えていない方の手、右肩を切り取るように銃弾で切り離していく。
魔力の加減を上手く制御して。
二度三度繰り返せば、銃弾は肉の厚さを突き抜け、ぼとりと切り離され、地面へと落ち行く途中で、巌窟王は炎に焼かれた手で掴み取り、チェスターの方へと投げつける。
動きを確りと捉え、腕を回避するが、壁面にぶつかった衝撃で粉砕された石が降り注ぎ、鋭い切っ先を持つ石はチェスターの身体をあちこちと傷つけた。
舞い上がる砂埃。
その間もウィレムは一点集中して穴を開けた所を氷の魔法で凍り付かせ、再びランスで破壊し、穴を拡大していく。
凍てついた肉が周囲に散らばり、巌窟王の腹には見通しの良い穴が開いた。
「そろそろ決めろよ……!」
「ええ」
次で決める。
言葉にして、それを実行する。
ウィレムがランスに氷の魔法を纏わせ、振りかぶる。
阻止するように、残った腕で掴みかかろうとするのを、チェスターはありったけの体力を力へと変え、銃弾を連射する。
続けてウィレムのランスが横薙ぎに払われ、巌窟王の腹部が凍てつくと同時に砕け、動きに合わせて後方へと散らばっていく。
赤と青の乱舞。
そして。
上半身と下半身が分離された。
下半身はそのままに、上半身はまだ残った頭部が動くのを、視界に捉えたウィレムが顔面にランスで突き刺した。
同時に氷の魔法で凍り付き、四散する。
石や凍り付いた肉の欠片や、乾いた血がぱらぱらと地面に降り注ぐ。
動かなくなった巌窟王の身体を見て、漸く終わったのだ思う。
チェスターは銃をホルスターに収めると、ほっとしたのか足をふらつかせた。
倒れそうになるのをウィレムは片腕で受け止める。
「歩ける……っ!」
残った体力をかき集めてウィレムから離れようとするが、仕事を終えて既に休眠モードに入ったチェスターの身体は素直だった。
「今回は大物でしたし、良く頑張りましたからね」
ランスを折りたたみ収納すると、ウィレムはチェスターを背負い歩き出す。
巌窟王の居たホールの向こうに海へと続く道がある。
消えて仕舞う前に、辿り着けば無事に仕事完了だ。
ウィレムの言葉にチェスターはなすがまま。
褒められたのが嬉しいのと、疲れてウィレムに身を任せてしまって、ゆれる身体の振動が気持ちよすぎて、夢の国へと片脚を踏み入れていたから。
頭がこつんとウィレムの背中に預けられ、首もとにチェスターの髪が触れる。
気持ちよさそうな呼吸を背中で感じながら、出口へと繋がる洞窟を抜けたのだった。
|
クリエイターコメント | オファーありがとうございます。 竜城英理です。 信頼しあっているコンビって良いですね。 少し遅れて仕舞いましたが、楽しんでいただければと思います。 |
公開日時 | 2009-06-02(火) 19:10 |
|
|
|
|
|